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出発を遅らせるのは、誰だ? [旅「アジア」]

寝袋の中で目覚めると、すでに空は明るかった。窓の外に広がるのは、まるで水色のペンキを一面にぶちまけたかのような空間。出発日和。歯を磨いているとドアがノックされた。口を泡でいっぱいにしながらドアを開けると、「そろそろ出発しよう」おっさんがいつもと変わらない赤ら顔で言った。ホセ、エドワルド、リョウスケものそのそと起き上がり支度を始めた。エドワルドの額には絆創膏が貼られている。もう平気だろうが、ずいぶんショックだったろうな。そんなことを思いながら僕は朝食のビスケットをかじった。かじりながら5枚は昼食に残しておこうと、すぐに別なことを考えた。中国を抜けるまで贅沢は敵だ。一元でも節約。一同支度が済むと、外に出て車に乗り込んだ。だが、おっさんはなかなか出てこない。「お前が遅れてどうする。なにやってんだか・・・」。呼びに行こうかなと思っていると、宿の入口から慌ててこちらに走ってくるおっさんの姿が見えた。


掘り出せ、未来を。 [旅「アジア」]

おっさんは状況を確認すると、素早く運転席に戻りアクセルを踏んだ。ギアはバックに入っている。ウイーン!ウイーン!ランクルは4WDだ。前輪だけでも相当のパワーがあるはずだ。しかし、タイヤは力強い唸り声をあげるだけで、むなしく空転した。タイヤの下に何かかませないといけない。「リョウスケ!何か手頃な石はないか?」二人で周囲をまさぐる。ほどなく見つかったのは、産まれたての赤ん坊ぐらいの大きな石。もちろん、産まれたての赤ちゃんなんて抱いたことはないけど。石をタイヤの下にかませて、フロントにまわると「イチ、ニ、サン!」で、僕ら4人は力一杯車のバンパーを押しあげた。フロントガラス越しにおっさんの必死の形相が見える。そして「グォーン!」、大きな音とともにランクルは地獄の淵より舞い戻った。なんとかなるものだ、男5人集まれば言葉はいらない。こうして、僕らはなんとかその日中に次の町に辿り着くことができたのだった。


最高の空と、最低の状況。 [旅「アジア」]

一同が安堵のため息をついた。ひとまず安心だろう。次は車だ。コイツが走らなかったら、僕たちはこの荒野のど真ん中で一夜を明かすことになる。エドワルドの傷のこともあるし、それだけは避けたい。早く状況を確認しなければ。ドアを開けて暗闇に降り立つ。ふと、空を見上げると満天の星空がそこに現れた。遠くの星たちのおしゃべり。一瞬、僕は自分たちが置かれている状況を完全に忘れてその光に見入った。不謹慎かもしれないが、こんな輝きが見られた偶然に感謝すらしようとした。はっ、と他の光が目の端をかすめ我に返った。おっさんの懐中電灯。さすがはドライバー。僕たちがエドワルドを見ている間に、車の状況を把握しようとしていたのか。「ハオマ?おっさん」中国語で答えられてもわからないけど、一応。答える代わりに、タイヤの下を指差すおっさん。なるほど懐中電灯の光に照らされて、車が前のめりに溝にはまっている。後輪は宙に浮いた状態である。


幸運は、その人の姿勢が呼び込む。 [旅「アジア」]

身を乗り出してエドワルドの顔を覗き込むと、指の間から赤い水がしみ出していた。服の上にはキラキラ光るガラスの破片。危険な星屑。上を見るとバックミラーが割れていた。ここに顔をぶつけたのか。小柄なエドワルドが、バックミラーに頭突きを食らわしている姿を想像した。しかし、シートベルトをしていなかったのに、この程度のケガで済んだのは幸運だ。もう一つラッキーだったのは似合わないサングラス。飛び散ったガラスの破片が目に入るのを防いだ。「リョウスケ!ウェットティッシュ!」「大丈夫か!?」」「わかんね。でも意識はある」リョウスケからティッシュを受け取ると急いで何枚も取り出す。緊急事態だ。ケチってなどいられない。心配そうなホセの顔。大丈夫だ、安心してくれ。顔を覆うエドワルドの手をゆっくりと持ち上げると、何枚も重ねたウェットティッシュを額に押し当てた。「グラシアス。アイムオーケー」同時に、弱々しい英語が聞こえた。


ラテンの血を分けてくれないか。 [旅「アジア」]

車内灯をつけるとおっさんが頭を振っているのがみえた。相変わらず窓の外は真っ暗で何も見えない。墨汁でもぶちまけたみたい。フロントガラスは割れていないようだ。助手席のエドワルドはうずくまり、ピクリとも動かなかった。「アーユーオーケー?」エドワルドの肩をつかむ。両手で額を抑えて固まっているエドワルド。一瞬、残酷な結末が頭をよぎった。こういう事故のときに真っ先に被害が及ぶのは助手席だ。運転手は無意識に自分が助かるようにハンドルを切ると聞いたことがある。哀れ、助手席に座っていたエドワルドの顔は潰れ、彼はネパールへの旅から退場することに・・・。「へイ!キャンユーヒアミー?」「ウ、ウ−」エドワルドが声にならない音を出した。良かった、とりあえず生きている。とにかく急いで症状を確認しなければならない。エドワルドの肩を無理矢理抱き起こして、リクライニングを全開に倒した。後部座席のリョウスケが中央に体を寄せる。


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